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 From Yさん
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「預かりボランティア」 私はこの活動に関わるまでそんな言葉さえ知りませんでした。
いつものように特に目的もなくネットサーフをしていた私は いつでも里親募集中 と言うサイトを何の気なしに覗いてみました。
するとそこには新しい飼い主さんとの出会いを求めて 驚く程の数の犬や猫が掲載されていました。保護に至った経緯として、虐待されていたところを保護された子、多頭飼育の崩壊現場から来た子、ブリーダーの廃業、果ては飼い主の飼育放棄など私個人の常識の範囲ではおよそ考えられないような理由が並んでいました。中には 「緊急」 として 今週末までに里親さんが見つからなければ処分されてしまいます。と、命の期限までついて掲載されている子までいました。こんな事って有りなの??この子殺されちゃうの??
言いようも無い程切ない気持ちになりました。
けれどそんな中に「預かり日記」なるものと一緒に紹介されている子達がいました。その日記には預かりボランティアさんが愛情いっぱいに保護犬をお世話する日常が暖かい文章でつづられていました。少しホッとした気持ちになるのと同時に「こんなボランティアさんがいるんだぁ」と思いながら読み進むうち、ちばわんのホームページにたどり着いたのでした。
しかし私はそこでほのぼのとした気持ちからまたしても一転、とても衝撃的な記事を見たのです。「愛護センターのレポート」でした。
そこには迷子になってセンターにやって来た子や また様々な理由で人間から ”もういらない””不要”のらく印を押され置いていかれた子達が 恐怖に震えながら死を待つだけの部屋で何かを訴えるような目でこちらを見つめていたのでした。
私にはその子達が 生きたい もっと生きたい もう一度飼い主の腕に抱かれたい そう言っているように思えてなりませんでした。けれどその子達に逃げ道はありません。とても安楽死とは言い難い苦しい死を迎えるのです。
言葉もありませんでした。と、同時にこんな惨い現実が当たり前のように存在する事すら知らなかった自分自身にがく然としました。
助けたい。 助けたい。私も何かしなくちゃ。この現実を知った時、私はそんな気持ちでいっぱいになりました。
そして「雨 風を防げる暖かい寝床とご飯を提供していただくだけで助かる命があります」と言うちばわんスタッフさんの言葉から預かりボランティアを考えるようになりました。
しかし私の置かれている現実として、自分自身が週6日9時から6時までのフルタイムワーカーである事、主人は遠方に単身赴任中の為保護犬のお世話は誰にも頼る事なく自分ひとりですべてするようになる事、保護犬には毎日10時間もの間お留守番をさせるようになる事 等々がありました。
こんな家に来た預かりっ子はかわいそうじゃないか?
でも過酷な環境から引き出してあげられるなら 命を繋いであげらるなら?頭の中で自分の言葉がグルグルと回りました・・・
悩んだ末 ちばわんのスタッフさんにメールで相談をしました。
そして何回かのやりとりの中で 困った時はいつでも相談にのります。全力でサポートします。と言うスタッフさんの言葉に背中を押され預かりのお手伝いを決意しました。その際 お留守番が長くなる為まめなお世話が必要な子犬ちゃんや看病が必要な重い病気の子、大型の先住犬がいるため小型犬もNGと様々な条件を出させていただきました。
程なくして私の元に初めて預かりっ子がやって来ました。
密かに心配していた先住犬との相性も最初の1週間が過ぎる頃には親子のように寄り添って眠るようになり私の取り越し苦労となりました。確かに私の生活を多少削る事にはなりましたが預かりっ子の笑顔でそんな疲れは吹っ飛びます。過酷な環境からやって来たその子は毎日の長時間のお留守番も、決して充分とは言えない私のお世話にも ここにいるだけで幸せです と言ってくれているかのようにブンブンとしっぽを振ってやってきて私の膝で丸くなって眠ります。その姿に 預かりをやって良かった。この子の命を繋げて良かった。
そう実感しています。
毎日 毎日 日本中のどこかで尊い罪のない命が人間の身勝手によって殺されています。今まさにこの瞬間にも消えていく命があるのです。
預かり先さえあれば・・・の思いです。
もし今少しでも預かりのお手伝いを考えていらっしゃる方、やってみたいと考えながら一歩が踏み出せないでいらっしゃる方がおられたら、どうぞためらわずに 命を助けると言うお手伝いに参加していただけないでしょうか。ほんの少しご自身の時間を保護犬の為に分けていただけないでしょうか。考えていらっしゃる程大変ではありません。それに少々の苦労があったとしても保護犬の笑顔が帳消しにしてくれるはずですから。。。
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 From Sさん
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私がはじめてちばわんに出会ったのは、インターネットでニュースを見ていたときでした。
当時TVなどでも大きく取り上げられた動物虐待のニュースが目に飛び込んで来て、それを読んでいるうちに、リンクしてあった動物愛護関係のいろんなサイトをたどっていったのでした。
すると、今まで私が全く知らなかった動物達の姿が目に入ってきたのです。
虐待される子達、動物実験、愛護センターという名前のついた場所で日々消えていく気の遠くなるような数の犬猫達・・・。そして、多頭飼育崩壊現場という言葉。
以前テレビで見たことがありましたが、そんな場所が日本に何ヶ所もあることがショックでした。
私は今までなんにも知らなかった、そのことに呆然としながら、たどりついたところがちばわんのHPでした。
そこにはたくさんの子達が汚れた身体で、寂しそうな顔をして写真に写っていましたが、ちばわんのHPは明るくて、暖かくて、優しさに溢れていて、辛い現実を乗り越えて明るく頑張るパワーのようなものがありました。
私も何かしたい、できることはないだろうか、と考えましたが、私は一人暮しで金銭的にも余裕はありませんし、まだまだ自分の生活で手一杯です。
でも体力があるー!ということで、休日を使えば運搬などのお手伝いが出来るのではと思い、思いきってメールをしました。
そして、ちばわんに参加することになって程なく、現地での作業をお手伝いするようになり、現地の過酷さを目の当たりにしました。
疥癬で身体の毛が全く無くなった犬を、産まれて初めて見ました。
しかもあちこち掻き壊して血がにじんでいるのでした。
そして季節は12月。例年にない大雪が降りました。
寒さの中、コンテナの奥で小さくなって震えている子がいたり、この間まで元気に走り回っていた子が亡くなっていたり。。。
でもそんな状況の中、里親さんと出会って幸せをつかんでいく子達や、預かりさんのお家へ行くことのできる子達もまた確実にいたのです。
驚く程のペースでたくさんの子達が次々と幸せになっていきました。
ボランティアさん達の努力によって、今日は誰々、明日はあの子・・・と毎週のように現地から出ていく子達を見ることができました。
今まで冷たい雨と泥とゴミにまみれて寒さに震えていた子達が車に乗って運ばれ、暖かい家でお風呂に入れてもらって、ベッドで眠り、数日もするとすっかりフワフワの家庭犬になっている様子を見ることは、大きな喜びでした。
それまでは私は、留守番が多くてかわいそうだし、一人暮しで自信もなかったために犬を飼うことは考えいませんでした。
でも、次々と現地から出ていく子達が増え、預かりさんがつけている「預かり日記」などで預かりさん達が楽しく「預かり」というお仕事をしている様子を見ているうちに、私にもできるのではないか・・・やってみたい!と考えるようになりました。
一緒に現地に行っていた先輩ボラさんに、預かりについていろいろ聞いてみたり、私でも預かれそうな子について相談したりしました。
それでもずいぶんと悩みましたが、預かりやすそうな成犬ということで、ついに初代預かりワンコのベスクが来ることになりました。
一度預かってしまうと、それまで悩んでいたことが、なーんだと思うくらい、日々楽しくて楽しくて、それからは次々と預かることになりました。
私の場合はお留守番の出来る子、ほとんど成犬に限って預かりました。
成犬の場合はトイレは外でする子がほとんどだったので、朝晩のお散歩さえきちんとすれば、家でのそそうもなく、お留守番中のいたずらを心配することもそれほどありません。また、マンション暮らしなので、無駄吠えや足音などの音関係と、規約で大きさの制限があることから、どうしても少し小さめかおとなしめの子を選ばざるをえませんでした。
でも逆に先住犬がいないので、疥癬の子でも預かれたり、先住犬との相性を考えることもなく、♂♀問わずに預かれるというメリットもあります。
そういったいろんな方向から考えて自分に預かれそうな子を選べば私にも出来るんだということが分かってからは、自分の中で預かりというお仕事に対する不安がなくなりました。
それに、困ったときや、わからないことがあったときなどは、いつでもちばわんの人達にきいたり、助けてもらったりすることが出来るので、とても心強いのです。
ワンコ達はたしかに疥癬だったり、健康不良だったりと、状態の悪い子がほとんどでしたが、その子達がきれいに元気になっていく様子、また人馴れしていない子が徐々に心を開いていく様子を見ることができ、何より最後には素晴らしい里親さん達と出会って幸せになっていく様子を見ることができるのは、何にも替え難い喜びです。
ワンコ達は時間はかかっても必ず人間の気持ちに応えてくれようとし、まっすぐに生きていこうとします。
その犬生を暖かい幸せの方向へ向けてあげるために、またその子を待っている未来の里親さん達の幸せのために、少しでもお手伝いできるなんて、とても幸せなお仕事だと思うのです。
日本の「かわいそうな子達」の数はあまりにも多すぎて、この子達がいなくなるまでにどれだけ時間がかかるのか、どれだけ大変な労力を必要とすることなのかを考えると気が遠くなります。それでもこの大変な数を少しずつ減らしていくためには、悲しさや辛さを乗り越えて、「明るく楽しく、助け合って、気負わず、力強く続けていくこと」が大切だと思います。
私も、いつの日かこんなことをする必要がなくなるその日まで、自分にできることを少しずつお手伝いしていけたらと思っています。
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 From Nさん
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預かりさん、というお手伝い
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我が家には、昨年までラッキーというMixの女の子がいました。昨年の6月、17歳と10カ月で虹の橋へ旅立ちました。犬の寿命から言うと天寿をまっとうした、、といえるかもしれません。亡くなってしばらくは、つらい気持ちはあっても、あの子にとって、あれ以上がんばるのは無理だったろうし厳しい状態で生きている姿を見ているのも辛かったので、これでよかったんだ、、という気持ちがあり、比較的落ち着いた日を過ごしていました。
しかし、半年を迎えるころから、どうしょうもない寂しさで押しつぶされそうになってきました。あれが、ペットロス、、というものなのかもしれません。その寂しさを紛らわせようと、net巡りをしているうちにたどり着いたのがちばわんでした。昨年の暮れ頃でした
そして、そこから目が離せなくなってしまったのです。そこには沢山のわんこが、寂しい目をして人間の温もりを待っていました。出来たら、目をそらして通りすぎたい、、と思いました。
この子達は、ここにくる日のその時までかわいがられている、、、と思っていたろうに、、。また、祝福されるべき誕生が、いきなりダンボールに入れられて寒空に放置される。この子達をこんな状態にしたのは、人間なのです。この子達には何の罪も無いのに。毎日、ちばわんのHPに通いつめました。
でも、自分に何かできるか、、、という自信が持てなくて、でも、そこから目がそらせない、、の毎日でした。あの頃の現地の写真は、本当に凄いものがありました。少しばかりの寄付や、毛布など差し入れもして見ましたが、気持ちは満たされませんでした。
ある雪が降った日の朝、ボランティアさんがいくと、昨日まで元気だった子が、、という記事を読んで、もう迷ってはいられない、、と思いました。裏の空き地で泣叫んでいた18年前のラッキーとダブりました。主人に出来たら預かりなるものをやってみたいと、話しました。主人は定年退職しており、私達夫婦に時間はたっぷりあります。でも、新しくワンコを飼うことはしない、、とラッキーを見送った時に決めたのです。
18歳近くまで生きて最後は介護の手が必要になったラッキーのことを考えると、これから新しくワンコを飼うことは私達の年齢や、体力を考えると無理、、との考えからでした。でも、預かりなら出来るかもしれない。毎日、HPを見ているだけは何の解決にもならない、、とは思ったのですが、本当に出来るだろうか、、と、ここまできても迷い、何度もメールを打っては消し、、ようやく送ったのは1月の終わり頃でした。
そうして、2月に最初のキャンディが来ました。なんの問題も無かったか、、、というと、キャンディは私達にはかなり難しかった、、といわざるをえません。私達にはラッキーを育てた経験しかないし。やっぱり無理だったか、、と後悔もしました。
恥ずかしい事ですが、何度もちばわんのスタッフの方やボランティアの方達に助けを求めました。初心者の私に皆さんは、いろんなアドバイスを下さったし、沢山の励ましのメールが届きました。この、スタッフの方達と、まだお会いした事もないボランティアの皆さんに、助けられました。
色々ありましたが、事情を知った上で里親さんのところにキャンディを送り出したあと、スタッフのOさんが見え、「もう、預かりは止めますか?」と言われたとき、おもわず「やらせてほしい、、」と口走っていました。
スタッフや、ボランティアの方達は必要とあれば、深夜や休日でもお届やら、保護に走りまわって(昼間はお勤めしながら、、)いるのです。しかも、自宅には預かったワンコもいて。皆さん、私の子供のような若い方達ばかりなのに。
キャンディのように、難しい子がくるかと思うと、りんたろうの様に、全く人間を疑わない子が来る。どうしても心を開いてくれなかった子がある時、しっぽをフリフリして振り向いてくれる、、。大袈裟に言わせてもらえば、預かりの幸せを感じる一瞬です
また、、子犬達と暮らせる幸せも、、。子犬から育てた経験のある人はお分かりでしょうが、子犬の時期は本当に短いものです。うちにくる子達は自分が生れたとたんに、ゴミの様に捨てられた、、なんて夢にも思わず、キラキラした目でじゃれ、甘え、全幅の信頼を表わしてきます。せめて、うちにいる間に人間の温もりや優しさを少しでも感じて欲しいといつも思っています。
まだ、目が開いたばかり、歩くのもままならないようなコをミルクで、離乳食で育て、ミャーミャーいっていた子たちがある日、ワン!という、、そして、1日に何度もおしっこシートに誘導して、シーシーとやっていたら、ある日自分からシートに行ってしゃがんでいる。。なんて賢い子なんだろうと(親ばかならぬ、預かりばか)そんな姿に目を細めてしまうのです。
そんな姿を見ると寝不足や、腰痛なんか吹っ飛んでしまう嬉しさです。
預かりは、里親さんが見つかったら、すぐに別れが待っています。預かりが短かければ、もっと抱っこしてあげたかった、、と後悔し、長ければ叉、情が移っています。別れるときは同じように辛いものです。車に乗った子が、あれ?という目をしてこちらを見たとき、、。涙でぼやける姿に、幸せになるんだよ。かわいがってもらいなさいね、、と、心から願っています。
その子達が、里親さんの所で幸せな生活をしている、、こんなにおおきくなりましたよ〜と、知らせて下さる、、。まるで、孫の成長を楽しんでいるような気がしています。
そしてまた、、と気を取りなおすのです。捨てられる子は後を絶たないのです。いらない命なら、生ませないでほしい。捨てるとき、胸は痛まないのでしょうか。この子達の目をみられたのでしょうか。私は、こんなに多くの子達がが捨てられる現実を始めて知りました。
辛い別れをした次ぎの日はまた、信じていた家族にトラックで運ばれ、死の1歩手前から保護された子や、ダンボールに入った子達がミャ-ミャ-いいながらやってくるかもしれないのです。
預かりさんをして下さる方がもっといたら、寒空の下で震える子達に暖かい思いをさせてあげられるのに。
私達は、この子達のお陰で夫婦だけの生活に会話や笑いも増えたし、主人は毎日の散歩で、ワンコの仲間が出来た、、と楽しそうです。
こんなお手伝いは本当は無い方が良いのでしょうが、、現実はまだまだ。もし、関心がおありの方がいらしたら、ぜひ、トライしてみませんか?
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